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ミケのひとりごと(介護士になってから)

  • 執筆者の写真: miwa06150920
    miwa06150920
  • 4月10日
  • 読了時間: 5分

続自己紹介


こんにちは、あるいはこんばんは。

井戸端介護のミケです。

だいぶ間が空いてしまいましたが、自己紹介編②です。

今回は私が介護士になってからのことを、話そうと思います。


時間をおいてから読むと前回のは、なかなかとっちらかった文章ですね笑

まあ思い出しながら、考えながら言いたいこと書いてますので、その辺は温かい目で見てもらえると嬉しいです。

あ、認知症の話とか真面目な内容は読みやすく書きますからご安心を。

ミケのひとりごとは「私」の人柄とか伝える役割もあるので、多分ずっとこんな感じです笑

「ミケ」のファンになってくれた人だけ読んで下さいな~


前回話した通り、「介護は究極の接客業だよ」という言葉に感化されたのにも関わらず、その会社には行きませんでした。

今思うとなぜ?!と言う感じですが、当時の僕はなぜか選ばなかったんですね。

介護の給料が安いことは分かっていましたから、行くなら大手にしようと考えていたことは覚えています。

就活のこと思い出していたら色々思い出してきたなぁ。面接で予定にないのに社長が出てきちゃったこととか。

まあこれは別の会社なのでまた別の機会で…。


私には決めたら突っ走る悪癖があるので、そのまま大手の介護企業へと入社を決めました。

大手の中でもそこを選んだ決め手は理念への共感でした。

理念を言うと会社がバレるので、ここでは伏せておきますが…

私の描く理想の介護像と理念が一番近い会社がそこでした。

施設勤務時代の私
施設勤務時代の私


有料老人ホームでの仕事


さて、私の介護士デビューは24時間看護師が常駐している有料老人ホームでした。

新しいことに挑戦する時はワクワクしますね。ワクワクのが大きかったのか、先輩方からは「緊張しないの?」「私の同期の男の子たちより落ち着いて大人っぽい」なんて言われてました。まあ直ぐに「生意気な後輩」としてお姉さま方から可愛がられるようになりましたがね。もちろん良い意味でですよ?

実際、人間関係のとても良いホームでした。技術面はめちゃくちゃ厳しい人たちでしたが、仲が良かったので全然苦ではなかったです。むしろその厳しさが心地良かった。楽しかった。とことん一人のご入居者様のことを考え、寄り添う。あの人たちのことは今でも尊敬していますし、私の指針となっています。

私が介護士としてプロ意識を持てるようになったのは、間違いなくそのおかげです。


そんな大好きな先輩たちに囲まれながら毎日必死に仕事をしていました。

1年目は仕事を覚えるのに精一杯でした。

その1年目、独り立ちして間もない時に転倒事故を発見するのですが、1つのターニングポイントだったと思います。

出勤すると先輩から「2箇所コール鳴ってるけど、どっちがいい?」と言われ、選んだ居室の扉を開けると倒れていました。頭部周辺の床には直径30㎝くらいの血溜まり。

「…とりあえずナースか」

自分でもびっくりするくらい冷静でした。

一連の事故対応が終わった後に「あぁ、これなら自分は介護やっていけるな」と何か腑に落ちるような、確信にも近い感覚があったのを覚えています。


そんなこんなで2年目。後輩が出来たり、ホーム内のPJリーダーをやったりと仕事にも慣れ始めました。でもまだまだ余裕はなかったので、ちょっと後輩にイライラ。自分だって1年目同じような物だったのにダメですね。

でもそんな最初にできた後輩は今でも、たまに連絡してくれたりします。とっても良い子です。つくづく人に恵まれていますね。


そして次のターニングポイントがやってきます。

仕事にはすっかり慣れ、先輩からは「今日宮ちゃんいるの?ラッキー」と言われるくらいには仕事が出来るようになり、先輩からも後輩からも頼ってもらえるようになりました。

余裕が出てくると周りがよく見えます。

小さな違和感から始まり、それが徐々に大きく…。



違和感の正体

最初に違和感を覚えたタイミングは何だったろうか?

明確にこれというのはない気がする。小さな違和感が積み重なり認知できるまでに大きくなったんだろうと思います。


「家に帰りたい」「最期は家で迎えたい」「最期は家で迎えたかった」

そんな言葉をたくさん聞きました。

実際に帰ろうと玄関まで行く人も居ました。けれど、玄関は開かない。

悲しいですが、施設においてはありふれた光景でしょう…。


施設は集団生活なので、全員が全員自分のリズムで生活を送れない。

特に食事は時間をずらしにくい。

衛生面の問題で2時間を超過したら破棄してしまうので、ずらすのにも限度がある。

時間のずらせないものが日に3度もあるのだから、当然リズムは固定されてくる。

もちろん可能な限り合わせるのだが、それは本当にその人の生活リズムと言えるだろうか?

どれだけ尊重したとしても、それは「施設におけるその人の生活リズム」であって、本当の意味での自分らしい生活ではないと私は思っています。


原因も理由も色々ありますし、どれも理解できます。

それでも私は理解はできても、この現実を受け入れることはできませんでした。

私が思うに「家に帰りたい」という言葉の裏には、物理的に家に帰るのではなく

「自分らしく生きたい」

という想いがあるのだと思います。


それを叶えたい。それが当たり前の世界にしたい。

認知症になっても「自分らしく生きる」のが普通のことに…。

そんな想いが私の中で芽生えました。



今回はここまで!

またまた想定よりも長くなってしまいました。

本当は訪問介護~現在まで全部書くつもりでしたが…

今回は施設介護編ということにしましょう。

次のブログで訪問介護転職までの経緯を話そうと思います。

最後まで読んで下さった方、ありがとうございました~!

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